2017年08月30日

映画・関ヶ原

上映中の「関ヶ原」を、見てきました。

なあ〜んちゃって歴史家!の主人に言わせると、
「あの時代の大砲は、あんなふうに炸裂しない。あれは明治以降の大砲だ!」そうです。
ましてや、
歴史専門の大先生方からみれば、
あれも史実にはない、これもない、というようなことは、映画にはたくさんあるでしょうが、
そこはそれ、見栄え良く、面白く作らねばならない映画のこと、大目にみてやりましょう。

P1000163.JPG
  私は、とても興味深く見ましたよ。
  個人的に、石田三成も徳川家康も
  嫌いですが、この映画は面白かった。

  秀次が切腹してから京へ上がった側室・お駒の方の
  助命を申し出る石田三成に、
  「(秀次に)娘を差し出した最上(お駒の実家)の
  小賢しいやり方が気にいらん」と、
  却下されるところからはじまります。
  三成は、実は、情に厚い!という描き方です。

 そして、三条河原で秀次の正室・側室が処刑されるシーン。
 みな、死に装束のところ、一人だけ打掛姿。たぶんあの方がお駒の方でしょうが、
 戦国時代の武家の姫君が、嫁ぐ時に白装束一揃い無しとは考えられないので
 あの打掛姿だけは、納得できないですが、そこはそれ、映画ですからねえ〜。

 情報収集には、伊賀者甲賀者が大活躍で、
 あの家康の側室・阿茶局も、映画では、伊賀者であった!というのが、なかなか面白い。
 そして、役所広司さん扮する家康の、見事なまでの狡猾な狸爺ぶりが、すごい。
 
DSCN8246.JPG
  関ヶ原の戦は、地図上では、
  どこに誰の陣があったのかを知ることが
  できますが、なかなかイメージするのは
  難しい。その点、映画はありがたい。

  戦のシーンは、そりゃあ〜血みどろで、
  目を覆いたくなる時も多いけど、
  400年前の日本人は、
  なんと勇猛果敢であったか。

  あたしゃあ〜戦国の世に生まれていたら、
  一目散に逃げて、素知らぬ顔でふてぶてしく生きるがなあ〜〜〜。

  上の写真は、京都・三条の瑞泉寺。秀次公の正室・側室らのお墓があります。
  下の写真は、関ヶ原。大谷刑部公のお墓を探して歩いたところ。

  映画のテンポが速いので、ちょっと勉強してから見に行かれることをおススメします。
posted by パッサカリア at 23:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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