2017年08月07日

寄り道して鎌倉

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  大塔宮が幽閉された土牢と
  最後の執権北条守時の邸宅跡を
  訪れたくて、お江戸の途中で鎌倉へ。

  ・・・・しかし電車が、
  鎌倉の一つ手前「北鎌倉」の駅に止まり、
  鎌倉へ出発の笛が鳴った時、
  とっさに、ホームに飛び降りた私。
  (今回の旅に北鎌倉の予定はなかった)

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  ・・・・・学生の時、この北鎌倉駅に立ち、
  円覚寺を出発に、鎌倉を歩いたことがありました。
  あの時の少女は、今、十二分に年を取って、
  また同じようにここにいる。
  あの時の私は、何を思い、何を考えてこの地を訪れたのか?
  ・・・・そんなことを思って、、
  急にホームに降り立ったのかも。

  円覚寺の石畳を上がりきった時、
  ふっと振り返って、下を見ましたら、
  裾広がりのGパンをはいた長い髪の女の子が 
  流行の女性雑誌をかかえて、元気に
  上ってきたような、気がしました。  
  ・・・・どうもひとり旅は、感傷的になってしまう。
  心、入れ替えて〜〜〜〜と。

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   バスで10分、鎌倉宮へ。
   後醍醐天皇の第三皇子の
   大塔宮護良(おおとうのみやもりよし)親王を
   お祀りしています。
   宮さまらしからぬ気骨のある方。
   それであるがゆえに、尊氏と対立し、
   後醍醐天皇から見捨てられるようにして捕えられ、
   鎌倉に幽閉され、殺害された、悲運の皇子です。

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   「土牢」というか、「岩牢」というか、
   ここへ7か月もの間、幽閉された大塔宮。
   その無念の叫びが、
   聞こえてきそうです。

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   そして、
   今回の旅の
   もう一つは、
   最後の執権・北条守時の邸宅跡を訪れることです。

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  それは鎌倉八幡宮三の鳥居前の角の
  鎌倉彫「陽雅堂」のあたりだそうです。

  北条守時、またの名を
  赤い橋のそばに住んでいたので赤橋守時。
  足利高氏の正室・登子の実兄です。

  北条滅亡の時が迫ってきたおり、
  鎌倉を捨て、後醍醐天皇側にいた、
  義弟・高氏にこびへつらっていれば、いくらでも生きのびる道はあった。
  しかし守時は、北条氏最後の執権として洲崎で戦い、壮絶な戦死。
  決して自分の生きるべき道を曲げない、見事な男の生きざまが、ここにもあった。

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   そして、鎌倉の旅も佳境に。
   鎌倉駅近くの鏑木清方の美術館で、
   明治・大正の美人たちに出会ってきました。

   ・・・いよいよお江戸を目指す!その前に英気を養う。
   鎌倉三大洋館のひとつ、古我邸で蝉しぐれを聞きながら、
   ひと休み。
 
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  学生の時には、大仏様まで
  見に行った記憶があります。
  今は、このぐらいが
  身の丈にあっているのよ。
  無理は禁物。
posted by パッサカリア at 00:01| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする