2016年07月31日

主人から初オーダー

 な・な・なんと、主人から「甚平を作ってほしい!」と、 初オーダーが入りました。

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  亡くなった義父の浴衣が、
  何度も水に通って、柔らかいので、
  いつの日か孫が授かったら、オムツにして
  復活させてやろう〜!きっと天国の義父も
  喜んでくれるだろう〜と、とっておきました。
  
  ところが、娘たちは、浴衣のオムツなんて
  今どき使う気はさらさらないのです。

  ・・・・・で、主人の注文の甚平を、
  義父の浴衣で、仕立てることにしました。
  (ひ孫のオムツより息子の甚平で
   復活!のほうが、嬉しいよね〜)

  義父は海軍さんで、体格のよい人でしたから、
  浴衣もジャンボですが、アチコチ汚れがありました。
  それをよけながら、裁断したら、
  ほとんど残布がでないほど、キチキチでした。
 
posted by パッサカリア at 17:49| Comment(2) | 洋裁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パッサカリアの散歩道

 暑さが少しおさまった夕方、カメラを相棒に、ちょっとお散歩。

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  夕刻の暑さに負けじと「はつゆきかずら」が、頭をカッと持ち上げ、
  まるで、西日に挑んでいるかのようなたたずまいに感動して、
  思わずシャッターを押しました。
  今日も、暑かったねえ〜。
posted by パッサカリア at 09:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

大輪の花、逝く

闘病生活をされていることは、知っていましたが・・・・・・
私たち世代にとっては、憧れのピアニスト・中村紘子さんが、大腸がんのため、亡くなりました。

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私が子供の時、初めてピアニストに出会ったのが、中村紘子さんでした。
あの「英雄ポロネーズ」を、
いとも簡単に、そしてエネルギッシュに弾かれている姿は衝撃的でした。

中村紘子さんのNHK[ピアノのおけいこ」も、
大物ピアニストの指導!というのが、話題になり、毎週欠かさず見ていました。
私の受けたレッスンは、
間違いなく弾けば〇をもらえたものですが、
中村紘子さんのレッスンは、間違えなく弾けても、さらにこうしなさいああしなさいと指導が入る。
ピアノって、こんなにも繊細に弾くものなんだ!と、思い知らされた番組でした。

いつも知的でエレガントで、大輪の花のような素敵なピアニストが、
多くの人に、美しい音楽を与え、そして、さらに美しい音楽を作る課題を残して、逝ってしまいました。
ご冥福をお祈りします。
posted by パッサカリア at 08:37| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月28日

スッキリと暮らそうと思って

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   心を入れかえて、不要な物を
   少しずつ、処分しています。
   物が無くなると、スッキリすることは
   言うに及ばず、
   物を管理するのが楽になったのが、
   一番、嬉しいです。

   イッペンには出来ないので、
   今日は、この引き出しひとつ、
   次はあっちの棚と、細々と整理しています。
   
   昨日は、裁縫箱の中を整理しました。
   ホームセンターで売ってる三段の工具箱。
   あれが私の裁縫箱です。
   自慢じゃあ〜ないけど、一番下の部分は、
   ぐっちゃぐちゃでした。
   ぶちゃ〜〜〜っとぜんぶあけて整理したら、
   三分の一ほど空きスペースが出来、スッキリ。

   一気に捨てるのはエネルギーもいるし疲れるので、少しずつ、少しずつ、poco a pocoね。
   物は少なくシンプルに、身の丈にあった暮らしをすることに決めました\(^o^)/

      
     
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2016年07月27日

タンス、嫁に行く

3人の娘たちが小さい時に、一棹ずつ整理タンスを与えました。
洋服を、一緒にたたみながら、タンスにしまったのは、随分昔です。
・・・・・が、
お嫁に行くときには、3人ともタンスはいらない!と置いていきましたので、
娘たちの洋服のかわりに、
私の趣味の洋裁の生地が、格上げで入ることになりました。

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   この度、
   家を建てた長女が、
   「2階の空きスペースに
   タンスを置きたい!」というので、
   遅ればせながら、
   タンスが 嫁に行くことになりました。

   今日、業者さんが2人いらして、
   あっという間にコンポして、
   あっという間に2階から下ろして、持って行ってくれました。

   チョッピリ寂しい気がしました。
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2016年07月25日

楽しいご旅行を

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   名フィルのフルート奏者・Dご夫妻は、
   ドイツ旅行の最中のようで、
   その様子はフェイスブックを
   にぎわしています。

   先日、山岳鉄道に乗って
   ユングフラウヨッホの天望台に
   行かれたことをUPされていましたが、
   かの地は、なんと〜3度だそうで、
   こちらの連日の暑さからみれば、
   ウッソー!!のような
   うらやましい話です。
   
   さてさて、海外の物騒なニュースが
   放送されています。
   どうぞ、お気をつけて
   楽しいご旅行をなさいますように。
   あっつい名古屋から祈ってるでよ〜ぉ〜!!

posted by パッサカリア at 21:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月24日

日曜日は主婦曜日

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   肉嫌い!魚嫌い!野菜嫌い!麺類嫌い!
   偏食大魔王のような主人の
   数少ない好物が、カリモリ味噌漬けです。
   25個購入して、
   中のタネを取り除き、
   今から、塩漬けをします。

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   夜な夜な、
   コツコツチマチマと
   縫っていた、おチビの
   チュニックが
   完成しました。

   昨年の夏、縫っていたものと
   同じデザインで!(もちろんサイズUPですが)
   
   三女のマタニティの残り布を利用しました。
   写真は後ろ見ごろです。
   背中のリボンは私の汚れたTシャツの
   きれいな部分を利用。

   お母さんとお揃いで、きっと喜んで着てくれると思う・・・・・・

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2016年07月23日

佐紀ちゃんのリサイタル

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   電気文化会館ザ・コンサートホールでの
   「水野佐紀ピアノリサイタル」が
   無事終了しました。

   我がアルコバレーノ音楽企画としての
   コンサートは何度も
   こなしてきた佐紀ちゃんですが、
   一般のマネジメントが入ったものは
   初ですから、
   彼女にしてみては、親元から巣立って、本当の意味の 初リサイタルでした。

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   副題に「感受性の声を求めて」とありますが、
   言葉にならない音や理屈では理解できない音を
   彼女の身体を通して、指を通して、
   十二分に表現してくれたことに、
   敬意を表したい。

   どちらかと言えば、小さな時から
   スケールの大きな曲を景気よくバンバン弾くというか、
   彼女の得意とするところと思っていたのですが、
   このリサイタルの
   すべての曲に通じるあの柔らかさ、あの優しさ、
   一体なんなんだ〜〜〜!!

   水野佐紀。楽しみなピアニストが名古屋にいます。   

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2016年07月21日

乙女たちのラー油

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  ちょっと前に、大流行した「食べるラー油」。
  なかなか手に入らなかったこともありました。

  最近スーパーで、
  「乙女たちのラー油」を見つけました。
  なになに〜〜〜「乙女〜」は、
  ニンニク無し!とな。
  ・・・・で早速購入し、試食。
  OH,美味しい。
  ニンニク無しでも美味しさは変わらない。
posted by パッサカリア at 09:16| Comment(2) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月20日

晴れ夫婦の歴史旅7


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   さて、移動中はことごとく雨降りで、
   車から降りると必ず晴れる!という、
   不思議な旅も、いよいよ最終章です。
   
   八坂の塔を見上げながら、
   清水寺にむかって、
   三年坂にある「清水三年坂美術館」へ。
   明治の職人の緻密な技に
   目をうばわれ、心うばわれてきました。

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   そしてお馴染みの「霊山歴史館」。
   近藤さんと土方さんの刀が
   150年ぶりに京都で再会!というので、
   お邪魔しました。

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  京都のお土産は、六波羅密寺の前にある、
  幽霊子育て飴本舗の「幽霊子育て飴」。
  ここの飴は、クセが無く美味しいんです。

  お店の方がおっしゃるには、
  500年前からここで飴屋をやっていて、20代目とのこと。
  飴の材料の配合は500年前と同じ!だそうです。

  ・・・・・今から413年前、関ヶ原の戦いの前の年、
  夜なよな女の人がやってきて、飴を買っていきました。
  おかしいと、あとをつけると 鳥辺山の墓場までいきました。
  ・・・と、乳飲み子の鳴き声が・・・・
  墓を掘り起こすと、飴をしゃぶった乳飲み子がいたというのです。
  死んでもなお我が子かわいさで 飴を買いにきたと。
  この子、8歳で僧となって母の菩提を弔い、68歳まで長生きしたそうです。

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  いとも簡単に、
  500年前から
  営んでいる!という
  飴屋さんの言葉に
  たじろぎながら、
  今の人も昔の人も
  飴屋も武将も
  一つの事を
  貫き通すことの
  凄さに圧倒された、
  「晴れ夫婦の歴史旅」。
  
  いよいよ完!!


  
  
    

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2016年07月19日

晴れ夫婦の歴史旅6

選挙権が18歳になって、若者への期待が大きくなってきました。

乱世の若者も、見事な生きざまで名を残しています。
今回の旅の中心人物である「楠木正行(まさつら)」、
父・正成と行動を共にしてきましたが、
桜井の駅で父に諭され、別れたのが11歳(諸説あるようですが)。
そして一族を率いて再び足利軍(高師直)と戦い、
四条畷で自刃したのが23歳。

(今回の旅では回れませんでしたが)
北畠顕家は、義良親王を奉じて陸奥へ出陣したのが16歳。
そして、後醍醐天皇へ建武の新政の諌奉書を書いたのが21歳。
乱世の若者の凄さと言ったら、驚くほかありません。

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  大阪の桜井の駅跡をあとに、
  正行の首塚がある京都・嵐山の宝筐院へ。
  それは、
  嵐山の喧騒から離れた清凉寺のすぐ隣にありました。

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  参拝者は、
  我ら夫婦のみ。  
  さっきまでの雨が
  上がり、
  濡れた石畳も
  青もみじも、
  美しい〜。

  この先の正面に、正行の首塚があります。
  
  正成・正行親子と親交があり、
  後の事をたくされていた宝筐院の黙庵和尚は
  正行の討たれた首をここに葬り、
  弔ったと伝えられています。

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  右側に楠木の紋所・菊水、正行のお墓です。
  後に、
  この話を黙庵から聞いた足利義詮は、
  正行の人柄を褒め称え、
  自分もその傍らに葬るよう頼んだと
  いいます。 それで、左手に
  室町幕府2代将軍足利義詮のお墓です。

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  このお堂に、
  正行の木像が
  祀られていますが、
  小さくって暗くって
  よく見えません。

  正行の顔をこの目で見たい!
  父と共に命を懸けて貫いた若武者の顔を見たい!!と。

  レンズを望遠にして・・・・・も、真っ黒で写らない。
  と、後ろからISO感度を調節して!との、神の声が・・・(いや、主人の声)
  ・・・で、写しました(今の私の技術ではこれが精一杯)。

  お目にかかりたかった。
  子供の時、父が歌って聞かせてくれた桜井の訣別の歌のあの時から。

  この旅の主役・楠木正行公。

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  いよいよ私の旅ももうすぐ終わりです。
  次回は最終回。 少し観光と、幽霊の飴のお話です。

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2016年07月18日

説明書にそって、マタニティ

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  既成の型紙を使って、
  9月末に出産予定の三女のマタニティを
  作りました。

  マタニティ用の型紙ではないので、
  前見ごろも後ろ見ごろも 
  少し幅を広く出しました。

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  説明書にそって仕立ててみたんですが
  説明書が丁寧すぎて、
  この襟ぐりの丸いパーツに
  随分時間がかかりました。

  もっと簡単に縫えると思うんですが
  ・・・・・・

posted by パッサカリア at 09:33| Comment(2) | 洋裁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

晴れ夫婦の歴史旅5

2日目は、私の興味の歴史旅です。

吉川英治の「私本・太平記」を読んでみて(実はまだ途中です)、
裏切ったり裏切られたりの乱世の中で、
決してぶれない人たちの生きざまに興味を持ちました。
その人たちとは、「楠木正成・正行親子と、そして北畠親房・顕家親子」
今回は、河内の交通や港の利権を持ち、
土地の人にも信頼され、勢力を拡大していた楠木正成・正行親子を訪ねました。

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  楠木正成について、
  深く同情することがあります。

  後醍醐天皇に認められたことが、
  身分の低い正成ににとって、
  末代までの名誉であり、
  そのご恩に報いる事が
  正成の生きる目標だったに
  違いありませんが、
  同時に、それは破滅の始まりでした。

  後醍醐天皇の政策が、この時代にそぐわないことは、
  分かっていた(と私は思っている)。
  にもかかわらず、後醍醐天皇をお守りする道を、貫き通す。 

  しかしながら、九州から攻めてくる数十万という足利軍に勝つための、最後の秘策も、
  一笑にふされ、ことごとく意見はとりいれられない。

  所詮、後醍醐天皇や公家たちから見れば、武士たちは、戦のコマであったにすぎず、
  ましてや河内の国の悪党の楠木正成など、ものの数ではなかった。

  そして、あの有名な、
  ♪青葉しげれる桜井の〜〜〜♪の歌にある「桜井の訣別」です。

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1.青葉茂れる桜井の  里のわたりの夕まぐれ
  木(こ)の下陰に駒とめて  世の行く末をつくづくと
  忍ぶ鎧(よろい)の袖の上(え)に  散るは涙かはた露か

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  2.正成(まさしげ)涙を打ち払い  我が子正行(まさつら)呼び寄せて
    父は兵庫に赴かん  彼方(かなた)の浦にて討ち死せん
    汝(いまし)はここまで来つれども  とくとく帰れ故郷へ

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3.父上いかにのたもうも  
  見捨てまつりてわれ一人
  いかで帰らん帰られん  
  この正行は年こそは
  未だ若けれ諸(もろ)ともに  
  御供(おんとも)仕えん死出の旅
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  4.汝をここより帰さんは  
    我が私の為ならず
    おのれ討死為さんには  
    世は尊氏の儘(まま)ならん
    早く生い立ち大君(おおきみ)に  
    仕えまつれよ国の為

  5.この一刀(ひとふり)は往(い)にし年  
    君の賜いしものなるぞ
    この世の別れの形見にと  
    汝(いまし)にこれを贈りてん
    行けよ正行故郷へ  
    老いたる母の待ちまさん

   ある本によると、
   ゲリラ戦を得意とした正成のことだから、
   湊川の戦いでも、生き延びることが
   出来たはずだ・・・と。(私も、そう思う)
   しかし、正成は死を選んだ。 
   最後の策さえも認められなければ、
   もうこれは死ぬことしか、正成の道はないでしょうよ。
   あとは、息子が成人となったその時代に、託すしか・・・・・

   次回は、父の遺志をついだ正行と、敵である尊氏の息子・義詮に会いに!!
   (つい力が入って長々と書いてしまいました。最後までお付き合いくださり有難うございました)

      


  

  
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2016年07月17日

晴れ夫婦の歴史旅4

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  朝早くに出発して、ノンストップで、奈良へ。
  ひと休みに、
  宇陀の道の駅で、清流を眺めながら
  昼食に、「にしんそば」をいただく。

  京都じゃあ〜あるまいし、奈良でにしんそば?
  まあ〜いい、好きなものが嬉しい。

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  そして、夕食。
 
  2人で旅を
  するように
  なって、
  型にはまった
  宿の夕食はせず、
  少しネオンでお化粧をした街並と
  土地の人たちの息づかいを感じつつ
  行きあたりばったりで、
  美味しいものを探すようになりました。
 
  佐保川の橋のたもと。母娘二人の小ざっぱりとした居酒屋の暖簾をくぐりました。   
  

  まだ7時だというのに、シッカリ出来上がったおじいさんが、
  お店のおねえさんと、他愛もない会話中〜〜!
  外国人と日本人とセットのお客。刺身の盛り合わせを説明中〜〜!
  よ〜く飲む大阪弁のおばちゃん2人。朝ドラの話で盛り上がってる。
  そして、私たち夫婦。
  珍しい食べ物を探すのにメニューとにらみ合いっこ。
  ≪ふわとろ焼き≫。 
  これってなに??早速、注文。
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  出てきたのがこれっ!!
  すりおろした大和イモに生姜や鰹節など混ぜ、焼くのだそうで、
  トッピングは明太子とマヨネーズと海苔。これがとっても美味。
  (コレ、作れそう〜婿さんたちに作ってあげたい)

  「また奈良にご旅行の時は、おいで下さ〜い」という言葉に見送られながら、
  遠くに、ライトアップの大極殿を眺め、ぷ〜らぷらと宿に戻りました。

  さて、主人の奈良の旅は終わり。いよいよ次回は、私の歴史の旅がはじまります。

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2016年07月16日

カメラのワークショップ8

マクロレンズを使ってAvモードで前ボケ・後ろボケのを学ぶために、
久々にカメラのワークショップに参加してきました。

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涼やかさを演出して、ガラスの小物を散らしました。
また、爽やかさを増すために、露出の数値を少し変えてみました。

カメラは、むずかしい〜むずかしい〜\(^o^)/
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2016年07月15日

コバケン、命を吹き込む

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   コバケンこと小林研一郎さんのコンサートを聴きに
   芸術劇場 ザ・コンサートホールまで
   行ってきました。
   例によって、コバケンさんの指揮法を盗むべく
   オルガン席に陣取っている私です。
   
   オペラ「セビリアの理髪師」序曲
   ラフマニノフのピアノコンチェルト2番
   バレエ「くるみ割り人形」より、5曲
   ユモレスク7番
   劇音楽「アルルの女」より 4曲
   メジャーな曲が、プログラムを埋めていました!

   コンサートマスターに短い旋律を演奏してもらいながら
   コバケンさん、「そう〜もっと音楽に命を吹き込んで〜」の指示。
   通常ではあまりしない、解説入りのコンサート。
   そして本番では、その短い旋律の頂点にコンサートマスターは
   小さな装飾音符を入れて演奏された。
   指示通り、音楽に命が吹き込まれたその時を、みんな、感じたに違いない。

   今日のユーモレスクは最高でした。

      
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晴れ夫婦の歴史旅3

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  万葉少年?の
  説明によると、
  日本最古の神社!
  だそうで、
  その最古の
  「石上(いそのかみ)
  神宮」へ。

  石上神宮を
  中間地点として、

  北に行けば奈良、南に行けば三輪・桜井へと、山の辺の道が続いています。
  この神宮を行きかう万葉人の姿を思い描きながら、参拝です。

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  やたら人懐っこい鶏が
  私をめがけてやってきました。
  あれ〜れ〜〜〜Σ(゚c_゚)

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  鬱蒼とした森の中の社殿から、
  雅楽を練習する音が
  聞こえています。
  まったりとした響きが
  実に、優雅です。

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  いよいよ主人好みの奈良の旅も
  佳境に入りました。
  
  途中、悲劇の皇子・大津皇子が
  埋葬されているという二上山を
  正面にのぞみながら、
  今夜の宿へ移動しました。

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   次回は、奈良の美味しいものを
   ご紹介しましょう〜(*^_^*)
 



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2016年07月14日

晴れ夫婦の歴史旅2

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 次に訪れたのは、
 奈良県葛城市にある
 「當麻寺(たいまじ)」。

 山門の前で、
 写生をしていた中学生が
 関わることなど
 ないはずの旅の私たちに
 雨上がりのような
 爽やかな響きで、
 「こんにちは〜」と声を
 かけてくれました。
 それは一瞬の
 たおやかな時の流れでした。
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 中学生をあとにして、當麻寺に入ると、
 ここで作られていた漢方薬の
 陀羅尼助の大きな釜が
 出迎えてくれました。
 (主人は子供の時にお世話になったと)
 
 いよいよ
 このお寺で尼となった中将姫の
 剃髪のお堂へ向かいます。
 中将姫のお話はとても悲しい。
 以下、主人の解説や大和の傳説などを元に、
 私なりにまとめてみました。

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   藤原鎌足の曾孫・藤原豊成の娘・中将姫。
   5歳で母親と死別し、9歳の時に、
   孝謙天皇のご前で琴を演奏をするなど、
   美貌と才能に恵まれましたが、
   同時に、継母から憎まれ、
   虐待を受けるようになります。

   継母は、姫の命を奪うように
   家来の松井嘉藤太に命令します。
   宇陀の山奥深く、
   姫を輿に乗せてた嘉藤太は
   「お命を賜ります、お覚悟を」と
   申し上げると、姫は、
   「母上の言い付けならば是非もない。しかし、
   私は一日に七巻の経文を読む習わしで、
   今日は三巻読み残している。残りの経文を読むまで、待ってもらいたい」と頼まれた。

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  読経をおえた姫は、
  「思い残すことはない。首を持ち帰り
  母上に見せておくれ。」
  しかし嘉藤太は、信心深い姫を
  救う決心をします。
  家にもどり、どうやって姫を救ったらよいかと
  妻と相談していると、話をきいていた娘が、
  姫の身代わりとなって自害します。

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  自分がいるばかりに継母や
  家来の嘉藤太の娘を不幸にし、
  また自分が生まれたばかりに
  実母の命は亡くなり、
  この世の無常を感じた中将姫は、
  19歳の時、當麻寺へきて
  名を中将法如尼と改め、一心に修行します。


  26歳の時、ひとりの老尼が現れて、
  蓮の茎を集め、その蓮糸の筋をとって、曼荼羅を織ることを命じました。
  中将法如尼は、
  織りあげた曼荼羅を本堂にかけて、懸命にいのっているうちに、
  生身の阿弥陀如来と二十五菩薩のお迎えを受けて、生きながら西方浄土へ旅立たれたといいます。

  悲しい悲しいお姫様のお話でした。

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2016年07月13日

晴れ夫婦の歴史旅1

天気予報では、本日降水確率90%。
予報通り、朝から雨降り。
かねて計画の通り、お互いが抱く歴史にむかって、奈良と京都を目指して出発しました。

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  一日目は
  主人の希望の奈良を訪れる旅です。

  まず第一に、昨年の夏、
  残念ながら見つけることが出来なかった
  「天智天皇・持統天皇陵」。
  探しあてました!
  そこは、青田に囲まれ野の花が咲くところにありました。

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  そして、中大兄皇子(天智天皇)が、
  蘇我入鹿の首をはねた、母君・皇極天皇の板葺宮跡へ。

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  板葺宮跡を見まわし、
  指さしながら
  「まさにこの場所で
   歴史が動いたんだよ」と、
  私に
  得々と説明する万葉少年?が一人。
  
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   板葺宮跡を眺めるように
   天智天皇の第七皇子・志貴皇子の
   お歌が石に刻まれていました。

   ≪釆女の袖吹きかへす明日香風、
        みやこを遠みいたづらに吹く≫
  
    釆女の袖を
    ゆらゆらと揺らしていた明日香の風も
    今は、藤原宮に都が遠く移って、
    空しく吹いているよ

   天智天皇が崩御されたあと、大海皇子から、(天智天皇の)弟君・天武天皇が即位され、
   志貴皇子は、
   あやしいそぶりを見せると、大変なことになる微妙な位置にいらっしゃったので、
   お歌もさびしいものが多いんだとか(主人の説)

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   移動中はすべて雨降り。でも車を降りると、なぜか雨が上がります。
   旅の途中でひいた傘の形のおみくじは「大吉」。
   天候に恵まれた?晴れ晴れ夫婦の歴史旅は、まだまだ続きます。

   次回は、
   奈良時代の、日本版・白雪姫についてお話いたしましょう〜。
   (主人の受けうりですが・・・・)
posted by パッサカリア at 20:20| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月12日

健さんの言葉

ビデオの録画を整理しながら、
健さんが亡くなった頃に放送された「高倉健がのこしたもの」という番組を観ました。
映画撮影で訪れた土地の人たちと健さんとの、心温まる交わりが印象的でした。

IMG_8379.JPG

おばちゃんたちが作るイモ饅頭を
嬉しそうに頬張ったり、
撮影地のお寺を訪ねて回り、墓に手を合わせたり、
船の操縦を教えてくれた家族との付き合いや
名づけ親になったことなど、
きめ細やかな優しさが、そこにありました。

そして番組最後に、健さんの言葉が。

   一番大切に思うことは、
   心ある人としての生き方 
   一つのことを貫く生き方
   そういう人間は少なからず 
   孤独な作業に命をさらしている
   その状況で もまれにもまれ 
   もだえ苦しんだ者だけが 
   やさしくて しなやかな心をもつことが出来る

やっぱり健さん、たまらなく、好きだなあ〜!
posted by パッサカリア at 17:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする