2018年04月19日

山ウドlove

新鮮な「山ウド」が手に入りましたので、パッサカリアさんちの今夜の食事は、山ウド三昧。
茎は酢味噌和え、皮はキンピラ、葉っぱは天ぷらにしました。

スーパーに並ぶ野菜と違って、山菜は、下処理がチト面倒ですが、
この季節ならではの味を楽しむためなら、エンヤコラ\(^o^)/手間を惜しまず頑張りましょう〜。

ああ〜〜〜〜「山ウド」が、寒さに耐えた山の息吹が、五臓六腑に浸み込んでいく〜〜〜ぅ。

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posted by パッサカリア at 22:57| Comment(1) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

完全オフの洋裁日

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   時々出かける生地屋さんの
   特売コーナーで、
   1メートル、コーヒー一杯分の
   生地を見つけ、
   その安さに飛びついて、
   チュニック一着分を買ったのは、
   まだ寒さの残る頃でした。

   仕立てて着てみると、
   テンションも、生地の厚みも
   ちょうどよいのです。
   柄がイマイチだけど、
   生地としてはなかなかよろしい。
   気をよくして、
   生地屋さんにまた出かけて、
   残っていた生地をゴッソリ、
   巻になってるのを
   そのまんまぜ〜〜〜んぶ、買ってきました。
      
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   今日は、一日オフだったので、
   ニット生地と戯れて、洋裁に徹しました。

   柄の分量をグッと少なくして、
   (裏を使って)、見た目に軽い、
   定番ラグランチュニックを
   作りました。

   ついでに、
   定番のセミタイトスカート。
 
   裏地はポリエステルのブラウスの
   残り生地。ファスナーも
   古スカートのを再利用。
   どれもこれも、在庫整理の廃物利用。



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   おちびたちの服、
   そろそろ夏ものを
   用意しなくっちゃあ〜。
   いつもの
   ラグランスリーブを
   半そでに。

   無地のピンクなので、
   胸にニットのレースを
   Vに配置して、
   可愛くしました。

 



posted by パッサカリア at 21:12| Comment(0) | 洋裁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

娘たちとランチタイム

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     久しぶりに長女&次女と
     待ち合わせて、ランチしました。

     長女が予約してくれたお店は、
     駅の近くのオシャレなビルの中。
     階段を上がったり下りたり・・
     ちょっと、迷いそう。
     隠れ家的なオーガニックのお店で、
     珍しい食材と珍しい料理を
     いただいてきました。

     たまには、こういう今どきの店で、
     胃も腸も、
     刺激しなくっちゃぁ〜〜〜ね。



     


posted by パッサカリア at 20:09| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月16日

イカメン、JAで歌う

  JAなごや稲葉地支店の総会イベントに、イカメン合唱団がよばれ、
  今年度のテーマは、「イカメン、映画音楽を歌う!!」 慕情ほか7曲を歌ってきました。
  イカメンメンバー、うどんとお米を お土産でもらっちゃいました(^_-)

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posted by パッサカリア at 18:43| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月15日

無料の旅の置き土産

書店でもらった葉書が当たって、
北国街道の日帰りバス旅行へ、主人と二人で出かけたのは、何日か前のことです。

こういう旅は、しきりに土産物屋に立ち寄って、
あの手この手でしこたまお金を使わせるように仕組んである。
私も主人も、こういうバス旅行は初めてで、その作為的で威圧的な方法に閉口してしまった。
バスに揺られながら主人が、
「書店で葉書をもらっても、もう出さないように」と。
ハイハイ、私もコリマシタ〜〜タダより高いものはありません。

ただ一つ、このバス旅行で有意義で勉強になったのは、
敦賀湾を望んだ高台にある金ヶ崎城跡、そこにある「金崎宮」を訪れたことでした。

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  この地では、南北朝の時代、新田義貞が、
  尊良(なかなが)恒良(つねなが)両親王を奉じて、
  足利軍とたたかった場所だと知りました。
  そして
  この裏手には、両親王の墓所があるので、
  是非ともお参りしたいと思ったのですが、
  土産物屋では90分の時間を設けるバス会社は、
  ここでは30分しか設定していないので、
  お参りはあきらめました。

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  チラシによると、
  足利軍の
  高師泰(こうのもろやす)率いる
  6万の兵が陸海より攻撃、
  新田義貞の嫡男・義顕が
  脱出するように尊良親王に
  進言しますが、
  親王は、300人の兵を残して
  自分だけが逃げるわけにはいかないと、
  この地にとどまり、兵と共に自刃なさいました。尊良親王27歳、新田義顕18歳。
  (尊良親王のこの臣下を思うお心、父君の後醍醐天皇とは雲泥の差です)
  恒良親王(母は阿野廉子)は落ち延びられますが、捕えられ毒殺されたらしい。恒良親王15歳。

  今まさに、私の最大の関心事である南北朝時代がこんなバス旅行で一つ見つかるとは・・・・・・。
  いつかチャンスがあったら、尊良親王の墓所をお参りしたいです。

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 金崎宮では
 この時期、
 花換えまつりとやらで、
 烏帽子姿の巫女さんが
 桜の小枝を
 参拝者に
 渡していました。

 ・・・・・そうそう、
 大楠公さんの旅で、
 千早赤坂村の観心寺に
 参拝した時、
 
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  コンクリートと鉄の柵で囲ってある中に、
  石碑もなく、こんもりと土が盛られているだけで、
  新待賢門院墓の立札がありまして、
  この方はいったいどなただろう〜〜と・・・・
  調べましたら、
  なんと〜〜後醍醐天皇の愛妾(女官)の
  あの悪名高い「阿野廉子」だったのです。

  金崎宮で、恒良親王のお名が出てきたので、ちょいと付け加えました。
posted by パッサカリア at 20:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月13日

定期演奏会終了しました〜!

白川ハーモニック・クラブの定期演奏会が、
嬉しいことに1149席の会場で、立ち見ができるほどに、
沢山のお客様においでいただき、無事終了することが出来ました。
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20周年の記念にふさわしく、
豪華なハープ4台でコンサートに華を添えていただきました、
三宅百合子先生、田中敦子先生、榎本純子先生、木村衣里先生、ありがとうございました。


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最後の発表曲「ありがとう」の作詞者である山岸千代栄先生が、
わざわざ定期演奏会に駆けつけてくださり、大変光栄でした。

今のところ、写真は数枚しか手元にありませんので、
係りの方から、写真をいただいたら、ゆっくり定期演奏会の様子をUPします。


posted by パッサカリア at 19:10| Comment(4) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月10日

タダ者ではない

白川ハーモニック・クラブの定期演奏会が
今週13日に迫ってきました。

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今日は、午前と午後にかけての猛練習です。
立ったまま!と宣言したとおり、一日中立ちっぱなしの練習でした。
全体合唱曲、各チームの歌、パワフルチームとはつらつチームの歌。
歌って、パフォーマンスやって、
ついには、へたくそ〜〜〜!と、どやされてもめげない、へこたれない。
この肝っ玉の大きさ。この神経の図太さ。
素晴らしい、Fantastic!!

世の若者たちよ!平均年齢70X歳をあなどるなかれ。 
白川メンバーは、タダ者ではない。


中日新聞夕刊に白川ハーモニックが載りましたので、ご紹介します。こちらをクリック。
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posted by パッサカリア at 08:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月09日

名残の桜のお吸い物

   長女一家が遊びに来たので、
   千早赤坂村の道の駅で買った塩漬けの吉野桜を利用して、
   「お吸い物」を作ってみました。

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  桜餅の残りの道明寺粉を丸めて、お椀の底に。
  上に、塩漬けの桜とちょっとホタテの刻んだのをのせました。
  青みは菜の花っといいたいとこですが、スナップエンドウで代役。
  「アイデアと香りはよかったと思うのですが(自画自賛)、
  塩漬けの桜で、塩がきつくなりました。
  (塩を完全に落としたほうがよかったかも)、加減が難しい。 
posted by パッサカリア at 08:20| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月08日

大楠公さんの旅5

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  小楠公さんを主祭神とし、
  弟の正家公はじめ、共に戦った一族24柱を
  お祀りしている「四条畷神社」。
  今回の旅の終点です。

  小楠公さんが、死を覚悟して
  吉野の如意輪堂に書き残したという

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   「返らじとかねて思えば梓弓 
           なき数に入る名をぞ留むる」。
 
   その書き記した姿の絵馬が、
   なんと〜、
   こちらの社務所にありました。
   おそらく吉野の山奥の如意輪堂までは、
   行くことはないでしょうから、
   この場で、絵馬を頂戴しました。
   私の宝物にいたします。

   小楠公さん、亡きあと、
   弟の正儀公が受け継ぎます。
   正儀公は、身重の正行夫人を
   離縁させてしまうのです。
   (これは、助命のためと
   パッサカリアは想像します)
   身重のまま正行夫人は、
   池田ナニガシへ嫁いで、男子を出産します。
   その男子は、池田家の男子であるはずですが、楠木家嫡男に付ける幼名「多門丸」をもらい、
   のちに「池田教正」となって、活躍します。

   正儀公は、その後、南朝の重臣となって活躍はするものの、
   強硬な首脳陣から責められ、幕府に降参するはめに。
   そして、その数年後にまた南朝にもどってくるという、苦悩の日々をおくります。

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   ここで最後に愚痴りたいのは、
   やはり、後醍醐天皇です。
   その政策や人となりです。
   ・・・・

   人望を失いつつあった後醍醐天皇と
   武士たちの信頼の厚い足利尊氏。
   その様子を
   冷静に見定めてきたからこそ、
   あと一歩で倒すことができた打出浜で、
   大楠公さんは尊氏を追撃しなかった。
   ・・・・・・・
   山道を登り、風を感じ、
   鳥のさえずりを聞きながら神社仏閣を訪ね、
   ある時は、惻隠の情を! 
   人としてあるべき姿勢を!
   そして、決して屈しない精神を! 感じました。

   長い間、パッサカリアの薄っぺらな歴史感想と、
   華やかさのない田舎の旅へお付き合いくださり、まことにありがとうございました。


   
posted by パッサカリア at 00:00| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月07日

大楠公さんの旅4

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    後醍醐天皇が
    落ちていかれた「金剛山」を
    仰ぎ見ながら、
    千早赤坂城の戦で
    亡くなった兵たちを弔うために
    大楠公さんが建立されたと伝わる塚を、
    探しました。
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  上の写真が身方の兵たちの「身方塚」。
  そして、右の写真は、
  敵方の兵たちの「寄手塚」。

  身方の塚(130センチ)よりも
  大きな塚(180センチ)を
  敵方の兵を弔うために建立されました。


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  敵方の兵さえも
  手厚く処遇するこの精神は、
  息子の正行公(以後、小楠公さん)に
  脈々と引き継がれていきます。

  父亡き後、守護職や国司に任命されながら、
  虎視眈々と足利討伐を狙っていた小楠公さんです。
  淀川にかかる渡辺橋(住吉の戦)で、
  敵方の兵500人あまりが
  真冬の川へ落ちて行ったとき、
  それを救いだし、
  衣服や薬を与えて治療しただけでなく、
  鎧や馬までも与えて返したと、太平記にあります。

  実はこの話には、後日談があります。
  明治時代に、日本が赤十字に加盟するおり、
  このエピソードを欧米に紹介したところ、あっさり加盟が認められた!という話が伝わっています。

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  今回の歴史旅で訪れたのは、このほかに、大楠公さんの首塚などがある「観心寺」、
  奥方・久子さん(と伝えられている)が出家した尼寺を訪れました。

  南河内千早赤坂村は、平成の今の世も、静かな山の中です。
  まるで私たち夫婦を歓迎するように、ウグイスが鳴き、今を盛りに桜が咲き誇っていました。
  いよいよこの次は、今回の旅の最後です。
  父の遺志を受け継いだ小楠公さんの終焉の地・四条畷神社に参拝します。

  
posted by パッサカリア at 08:08| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする